20代女性が都会へ行ってしまうとかいう当たり前のこと
こんばんは。
今日も元気に残業しているよ。
私が住む静岡県という地では若年層の転出が大問題になっている。
ほとんどの地方で起こっている現象だけど、中でも静岡はトップレベルだ。
それも20代女性の県外流出はワースト1位らしい!ヒュー!(ソース探しても出てこないので教えてください)
20代女性、進学で県外へ転出した出戻り静岡県民の一人として意見を述べたいと思う。
静岡のオジさんたちは躍起になっている。
「いくら採用活動しても応募が来ない!」
「ただでさえ少ない若者が県外へ出て行ってしまう!」
「静岡の魅力を伝えて呼びもどそう!」
馬鹿か?
静岡に魅力がないから放棄されてるに決まっている。
もちろん良いところはたくさんある。
どこへ行っても風光明媚。人でごった返すことは祭り以外にはない。農産物も水産物もおいしいものばかり。レジャーに行くなら事欠かない。田舎すぎず過ごしやすい。ものづくりが盛ん。徳川のお膝元という歴史からか治安が良い。
若者が求めてるものはなんだ?
それはインスタグラムとツイッターで簡単に見ることができる。
刺激的な毎日。オシャレな街、ファッション、自分。自己顕示欲。自己承認欲求。自己実現。流行。最先端。
都会にいればこれらは簡単に得ることができる。地方にいる限りはその逆だ。
もちろん全ての若者がそういう指標で生きていない。だから私は静岡にいるし、友人たちもこの地にいる。
価値観があまりにも違いすぎる。
学校で生きていたあの頃、私たちは教室が全てだった。
大人になった今、井の中の蛙にも程があるなぁ、と笑い飛ばせるが、あの頃の私たちには微塵も笑えなかった。
まったく同じことだ。
価値観の違いで需要と供給のバランスが悪いだけなんだ。
私が喉から手が出るほどほしいブランドコスメ。40代男性なら見向きもしないだろう。
何十万もする腕時計。私なら腕時計にそんな額は出せないし、歯の矯正代にでもする。
地方の巨大なイオンモールと、下北沢の古着屋何十軒。どちらが上か下かなんてない。選ぶのは人それぞれだ。
ただ、都会には巨大なイオンモールもオシャレな古着屋もくさるほどある。
それだけのことのように思う。
的外れなことなんてしてないで、さっさと全企業働き方改革でもしたほうが若者戻ってくると思うけどね。
財布を彼女に持たせたがる男って何?
肩こりで悩んでない人なんているのだろうか?
ってくらいみんな肩こり持ちですよね。
私ももれなく肩こりがひどい。
月に2回ほどは低気圧と相まって、肩こり由来の頭痛が起きる。
仕事でパソコンと向かい合ってる上、車の運転時間も長い。
加えてスマホ依存症なので、自力で改善するのは半ば諦めている。
軽いストレッチを心がけているけれど、忙しい時はそんな余裕すらない。
肩こり持ちにとって荷物をいかに軽くするか?は悩ましい問題だ。
あれこれ持っていきたい気持ちを抑えて、厳選する。そうしないと遊びに行っても結局肩が凝って楽しめない。
そんな中でだ。
持っていくコスメすら減らし、カバンを軽量化しようと努力している中。
(以下昔の男の話)
男の人って出掛ける時、財布と携帯だけ、っていう人多いじゃないですか。
それはいいんですよ。
なぜ財布を彼女のカバンに入れようとする?
幼稚園児?
本当に理解不能ってか、自分が楽したいだけなんだろうけど、自分で持てよって話じゃないですか。
小さい肩掛けのカバンでも背負えばいい。
ママじゃねーんだよ。勘違いしてくれるなよ。
会社行く時カバン持ってるでしょ?
いったいなんなの?
それともデート代全て持ってくれるの?(そんなことはない)
財布って意外に重さがある。
だからこそ余計にイラッとする。
一人でいるときはなんなくやれていることを、ママ扱いして任せる男は、本当のママのおっぱいをしゃぶって甘えていればいいと思う。
私はママの代替品ではない。
社長に「働き方改革ってどうやるの?」と聞かれた話
働き方改革ってよく聞くけど、実際どうしたらいいの?
多くの社長や総務がそんなことをのたまうが、
そうやって理解を見せたフリして放棄してる時点で、すでに失敗している!!
働き方改革に成功している会社は調べればたくさん出てくる。ググってくれ頼む。
要は経営者が本当に改革したいか。
「今のままでもまあどうにかやれてるし」って思ってるなら絶対に成功しない。
ただ単に労働時間を減らしても、給料を上げてもその場しのぎ。
これだけ人手不足が叫ばれてまだわからないのかな?
企業が人を選ぶ時代は終わったんだよね。選ばれる時代になった。
人材を選べるのは一握りの人気企業だけ。
奴隷であることがあまりに当然すぎて感覚が狂ってるけど、自分の時間は自分のためにあるんだよ。本来使い方は自由なはずで。
仕事優先の考え方の方がおかしい社会に、いったいいつになったらなるんですか?
結局、今までの自分たちの働き方を「間違っている」と認めたくないんだよね。
バリバリ働いてきた人が、働き方改革を受け入れるには避けられない壁。
今はもうそんな時代じゃない、と思える勇気。
若い人を甘やかされてると一蹴せず理解する努力。
それらを持ち合わせてない人が経営している会社が、今後持続するとは思えない。
早く、人手不足でつぶれてしまえばいいと思う。みんな。
とにかく夜湯船に浸かりたい
おはようございます。
今日からしばらく雨みたいですね
私の特技はすぐ寝れること。
それはもうマッハで。
ただし横になれる環境でのみ。
横になれさえすれば、ソファだろうが床だろうが一発KO。
横になった時点で寝ることが99%決まってしまう。
問題は自分の意思とは関係がないこと。
夜ごはんを食べたあとに横になろうものなら、体力気力ともに充実しているときしか起きていられない。
睡眠欲が苛烈なので、自分の知らないところで眼鏡を外したり、部屋の電気を消して寝ていることは多々ある。
気がついたら朝。
悲しいことに日常茶飯事。
本当は夜のうちに化粧を落とし、お風呂に入り、マッサージをして入眠したいのだ。
その気持ちを圧倒的な力ではねのける睡眠欲。ここまでくると恐ろしい。
特に生理前なんてダメだ。もうダメ。5秒で寝る。
疲れた体のまま寝落ちするのだから、突然睡眠の質だって悪い。
疲れて帰ってきた夜に、絶対にお風呂に入ってから寝る!などと決心しても無駄。
家に入ったらもう体がおやすみモード。
みんなどうやって毎日夜浴室へ向かっているのだろう?
すごすぎる。それができるならもうなんでもできるよ。
ごはんを食べると満足して横になりたくなるので、ごはんを食べる前にお風呂に入るしかない。
お風呂のあとに夜ご飯だと、21時は過ぎるので避けたかったけれど、もうそれしかない。
毎日ちゃんと疲れを解消してから寝る人になってみせます。
ファッション誌のオフィスカジュアルは当てにならない
こんばんは。
今日は帰りの電車で書いているよ。
営業もどきなので、仕事柄夏でもジャケットを着なければならない。
本当は着なくてもいいのかもしれないが、周りに女性で同じ仕事をしている人がいないので分からない。
スカートならどこまで許される?タイトスカートは当然として、フレアやレースもいいのだろうか?色は?
正解がわからない!
女のビジネスファッション!
職種、企業によってあまりに違うというのが正しいのかな。
ファッション誌で見る緑のフレアスカートを纏っている女など見たことない。
カラフルな服を着ている女がまずいない。
おそらく男性と同じで、黒や紺、ベージュ、白など地味な色合いが基本だと思う。
思うが。
本当は誰もわからないのでは?
都内のベンチャー企業なんて、きっとファッション誌のオフィスカジュアルの女がたくさんいる(偏見)
地方だから許されない理由はない。
たとえば。緑のフレアスカートを履いたら間違いなく目立つ。それはもう目立つ。
人よってはチャラついた格好と見るかもしれない。
女を出しすぎなのかもしれない。
かもしれない。かもしれない。
かもしれない文化の最たるもの、女のオフィスカジュアル。
こんなに暑いんだから通気性がよくてシワのつかない半袖、パンツで許してくれよ。
ジャケットがそんなに大事かよ。
着てるからなんだっつーんだよ。
夏だぞ、夏!
クレイジー!
日焼けこわい
京都というディ◯ニーランド
京都の話題が出たので、今日はその話をします。
大学四年間、歴史学を学ぶために京都で過ごした私ですが、選んだ理由は以下の通り。
①京都への憧れ(J◯東海の罠)
②人が多い東京には住みたくなかった(家賃や物価も高い)
③地元や親元から離れたかった
④歴史を学ぶなら京都がいちばんいいのでは?という安易な考え
⑤他県の志望校に落ちた
いちばん強い理由はどう考えても⑤です。
それでも、日本史や寺社仏閣が好きな人にとって京都はディ◯ニーランドも同然。
私は志望校に落ちてディズ◯ーランドに住むチケット四年間分を手に入れた。
そこで初めて関西人及び京都人と触れ合うことになる。
そもそも私が通っていた学部はやたら京都人が少ない。
京都で生まれ育って歴史を学びたいという人はごく稀なのだ。
(生まれたときから身近にあると価値がわからない理論)
だから四年間も京都にいたにも関わらず、知人とよべる京都人は片手で数えられる程度。
残りは仕事で接したお客さんのみ。
当たった京都人の数があまりにも少ないため、私の京都人像はあまりにも偏見に満ちていることは念頭に置いておいてほしい。
私も大学二回生くらいまでは、京都人が「性格が悪い」「プライドが高い」論には「またまた〜」と思っていた。
そんなの、女は陰湿と同レベルの雑な括りだ。
ただ、私が出会った京都人はみな裏でこそこそ人に対する批評をするのだ。
それこそ遠回しだ。
ブスにはもれなく「かわいらしいなぁ、美人さんやなぁ」と言う。
本物の美人があまり褒められていないのを感じたとき、ゾッとした。
私がいちばん戦慄したのは、バイト先で髪を上げなければいけないのだけれど、ウッカリうなじの毛を剃り忘れたことがあった。
そのときに言われたのが
「◯◯ちゃんはほんまに美人さんやなぁ、うなじも綺麗やし」
言われた瞬間に全身の血が凍った。
そしてやっぱり「京都がいちばん」という意識が強い。
この間の戦争が応仁の乱だとか言うのも本当だった(半分冗談だとは思うが)
彼らの意識は、いまだ「お貴族さま」なのだ。
それでも私は京都が好きだった。
都会だけれど東京や大阪ほどゴミゴミしておらず、一風変わったお洒落な喫茶店や食べ物には事欠かない。
すぐに国宝、重文のお宝を見ることができる。
周辺の近畿圏にもすぐ行ける。
大学が多い=若い人が多い。活気がある。
京都人の過剰な自信も、意地の悪さも、観光客が多すぎてパンクしている交通網も、新旧の荘厳さが入り混じっている不思議な街の作りも、まるごと愛したかった。
京都のニュースが飛びかえば、いまだ自分の街のことように思う。
それでも私は、京都に住むことは二度とない。
「デ◯ズニーランド」は住むところではないから。